ウソ日記「戦争が始まる」

 

春。

戦争が始まる

会社の引越しも無事におわり、新しいオフィスで書類や備品の整理をしている時にその事件はおきた。

「あれ、このキャビネ、まるまる空いてないっすか?」

おそらく業者の手違いで、書類や備品などを入れておくキャビネットが一つ、あまっていた。

見つけたのは僕と同じ経理部で、新人のA君。

すかさず経理部のベテラン女性Bさんが立ち上がり、他の部に聞こえる大きな声で

「A君、さすが!経理部で使えるキャビネ、もうパンパンだから困ってたんだよね。これ、使っちゃおうよ。」

先手必勝。

数々の部門間の揉め事をこの戦法で勝利に導いてきた彼女は経理のドナルド・トランプの異名をとる。

しかし、ことはそうやすやすとは運ばない。

「え、Bさん!そのキャビネ余ってるんですか?どの部のものでもないの?それ人事部的にも超助かるんですけど。」

やはりきた。

人事部で派遣社員として働いているCさんだ。

これまたわざと大きな声で「キャビネットがどの部のものでもないこと」を強調して後手に回ったことを感じさせない。プラス、彼女にはまだ武器がある。

派遣社員という弱い立場でありながら他部署の派遣さんも味方につけ、横のつながりで劣勢をひるがえしてきた彼女はいつしか派遣のジャンヌ・ダルクと呼ばれるようになっていた。

きっとこのままいくと経理のドナルド・トランプと一緒に働いているはずの経理部の派遣さんがそれとなく派遣のジャンヌ・ダルクにフォローを入れてくるだろう。

しかし、そんなことで引き下がる経理のドナルド・トランプではない。

これは、戦争が始まる。

誰もがそう思った矢先、一人の中年男性が声をあげた。

「あれ?そうなの?こりゃあ、また間違っちゃったかな。」

うまい。

本来、キャビネットを振り分ける立場である部署、総務部に所属するDさん。

「業者の手違い」を「総務部の間違い」ということにして一旦話を振り出しに戻そうという作戦だ。

課長職でありながら実際に総務部でDさんが管理している課はない。

いわゆる窓際族のDさんなら「間違った」としてもリスクは少ないし、話の真実味も増す。

その温厚な性格から出世競争にこそ敗れたが、あらゆるトラブルをフワッと沈静化する窓際のガンジーの実力は健在だ。

結果、Dさんの一声で2人は撤退を余儀なくされた。

その晩、独身のDさんは一人自宅でしっぽりと勝利の美酒に酔いしれていた。

お供はもちろん下町のナポレオン「いいちこ」である。

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ippei

ippei

・趣味でコントをやっているサラリーマン。 ・新卒で入った製薬会社の営業職を2年半で退職。約3年間の無職の時期を経て28歳でたまたま外資系の生命保険会社に経理で転職(その時 TOEIC 500台)。 ・趣味(お笑い)と勉強(英語)を中心にブログを綴り、AIと少子高齢化で環境が激変していくであろうこれからの日本で楽しく生きていく方法を模索中。 ・夢はさらに状況が深刻になった時に困っている人達に「楽しい生き方」を共有できる人間になること。