「大下千恵さんのコーチング 」情熱を探すために過去と向き合う 〜 通学路と境界線の話 〜

大下千恵さんのコーチングを受けています。

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情熱を探すために過去と向き合う

前回のセッションで、「今までで一番楽しかった瞬間」「うまくいかなかったこと」など、過去のエピソードを思い出しその中から自分の情熱を探していく。

ざっくりしているものを細かく把握していく方法がある。

と提案してもらったので過去のことを思い出しています。

小学校の通学路と教室

通っている小学校には3つの通学路があった。

分かれ道で、通学路ではない方向に一歩でも進むと「通学路破り」となる。

先生が通学路を守っているかどうかを見回ることはなかったが、真面目な子が通学路破りを見つけて先生に言いつける、ということはあった。

通学路は、子供達が安全に登下校できるための工夫だったと思うが、この「境界線」の概念は小学校の至る所にあった。

僕はそれを破ることが好きだった。

教室のルールはもっと不思議だった。

これは、特に大人側で決めたルールはなかったように思うが、

他の学年どころか、同じ学年の他のクラスの中に入ることも、基本的にはタブーだった。

この、目に見えない境界線の威力は大きく、校庭で遊ぶ時なども、基本的にはクラス単位で遊び、手打ち野球などができる場所をクラス対抗で取り合った。

争いごとに発展することもあった。

そんな一時期、違うクラスの男子同士で、お互いのクラスに引っ張り合う遊びが流行った。

当時はただのいたずら感覚のつもりだったが、今振り返ると、その行動はただのイタズラ心や、規則を破るスリルではなかったように思う。

僕たちは好感を持っている人、友好的な人しか自分たちのクラスに引き込まなかったからだ。

おそらく、仲間と協力してコミュニケーションの壁を壊すことに僕たちは興奮していた。

小学校のトイレ

教室と同じようなことが男女間でも流行った。

女子が男子を女子トイレに引き込む、という遊びが流行った。

女子トイレに引き込まれるのはその女子グループの誰かが好感を持っている男子だった。

それを知っているので、戻ってくる男子の顔はどこかほこらしげだった。

これは、逆のパターンは起こらなかった。

男子が女子を男子便に引き込む、おそらくそれは例え好意を持った行動だったとしてもただのイジメになる。

感想

今の小学生はどうなんでしょう。

僕が小学生だった30年くらい前は男女間とか、学年間とか、とにかく線引きが多かったなと思います。

限られた世代、性別の人としか一緒にいないからどんどん心が成長していく中で、どうコミュニケーションをとっていいか、のお手本とノウハウのパターンが少なすぎてわからない。

学校と家庭の中だけでは材料が少なすぎて、今自分に起きている変化がなんなのかも把握することができなったように思います。

もし、多様なコミュニティが周りにあって、色んな種類の大人や子供と接する機会があれば、と思いますし、大人になった今も立場は変わりますがやりたいことの根源はコミュニケーションの壁を壊す、と関係しているように思います。

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ippei

趣味でコントを楽しむサラリーマンを挫折。難航する婚活とリストラの恐怖と、両親の介護への不安。そんな時に父親が癌に。 日本で楽しく生きるとは? 答えを探すためにコーチングを学んで40歳からキャリアチェンジ。その道程で出会いがあり入籍。夢は、日本や世界の状況がさらに深刻になった時に困っている人達に「楽しい生き方」を共有できる人間になること。