はじめてクラウドファンディング に支援した!踊る朗読劇「100万回生きたねこ」by わお!の感想

こんにちはIppeiです。

生まれてはじめて、クラウドファンディング に支援してみました。

はじめてクラウドファンディング に支援した理由

アラフォーサラリーマンの僕としては「お金は辛いこと、苦しいことで稼ぐもの」という思い込みがあります。

だから、クラウドファンディングで、楽しいことでお金を集めようとする人達をみると、

なんというか・・・カチンときます。

それは、よく考えると「うらやましい!」という気持ちの裏返しだと気がつきました。

そして、お金は辛いこと、苦しいことで稼ぐものという思い込みがある限り、僕は自分が楽しいと思うことで、お金を稼ぐ時に躊躇してしまうでしょう。

「こんなに楽しいことで、お金を稼いでしまって申し訳ない」と。

そんなお金に対する視点を変えるために、まず自分がうらましいと思うことにお金を使ってみようと思いました。

だから、知り合いを通して知ったうらやましい、と感じる団体「わお!」を支援することにしました。

わお!ってどんな集団?

映画「グレイテスト・ショーマン」のような、多様性と表現をテーマにしたグループです。

以下、わお!の公式ブログより引用します。

うた×おどり×え×ことば=からだで感じる体験空間を
創造、提供するアートグループ

国籍、性別、年齢、宗教関係なく様々な方々と、
芸術を通じてHAPPYをつくりあげていきたい。

まさに「わお!」驚きと感動の連鎖が生まれる瞬間です。
その意味をこめてグループ名も「わお!」になりました。

わお!の公式HPはコチラ

支援してから2週間後、「わお!」主催の第1回目の公演を観にいきました。

踊る朗読劇「100万回生きたねこ」

「100万回生きたねこ」の絵本は読んだことがありました。

「わお!」の公演は、絵本の「100万回生きたねこ」を舞台袖で朗読する人がいて、そのストーリーに沿って舞台上のねこ役のダンサーさんが、踊りでお話を表現する、というはじめてみる形式の朗読劇でした。

面白いな、と思ったのは、絵本の行間を利用して、一見お話とは関係のない「わお!」のテーマソングが始まったり、お客さんを舞台上にあげてのバナナ早食い競争が始まったことです。

テレビの CMのような役割です。

そして、それらの出し物が全て「多様性」と「表現」というテーマに通じているんだな、と感じました。

さらに、公演後にはお客さんの参加するワークショップが始まりました。

「あなたのなりたいものは何ですか?」

というお題で、参加者たちが紙皿に絵を書きます。

子供も大人も一緒になって絵を描いて、お互いのなりたいものを発表しあいます。

そして、完成した絵を舞台美術として、舞台セットの好きな場所に貼り付けていきました。

はじめてクラウドファンディング に支援してみて

残念ながら、今回の支援で、お金に対する価値観が劇的に変わったという実感はありません。

知り合いを通じて知ったイベントだったから、ということもあるかもしれませんし、筋トレのように徐々に鍛えられていく感覚なのかもしれません。

ひとつ思ったのは、支援する時に大事だったのは

「何をやっているか?」

よりも

「何故それをやっているか?」

という部分でした。

なんでそう思ったか、は自分への問いとして持っておこうと思います。

次は、自分とは全く縁のない活動に支援してみたいと思います。

感想

公演前と終演後に印象的なシーンがありました。

公演前、

お客さんの中から、小さな女の子が舞台上に上がって遊びはじめました。

「わお!」の皆さんはそれを止めません。

すると女の子は、他のお客さんの男の子を舞台に誘い、まるで舞台上での振る舞いを教えるように遊びはじめました。

終演後、

「わお!」の代表の方が挨拶している時に、さっきの男の子が客席で泣きはじめました。

代表の方は舞台上にその男の子を誘いました。挨拶を続けながら。

「多様性」というと人種や性別などの違いを受け入れよう、というイメージがありますが、

「人は、一人一人違う」がその本質だと思います。

「自分とは違う人でも、その人がイキイキしている状態を受け入れる。」

代表の方の、そんな内容の挨拶が進むに連れて、舞台にのぼった男の子の表情は、イキイキとしていきました。

多様性を表現する様子が、そこに体現されているようでした。

わお!の公式HPはコチラ

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ippei

趣味でコントを楽しむサラリーマンを挫折。難航する婚活とリストラの恐怖と、両親の介護への不安。そんな時に父親が癌に。 日本で楽しく生きるとは? 答えを探すためにコーチングを学んで40歳からキャリアチェンジ。その道程で出会いがあり入籍。夢は、日本や世界の状況がさらに深刻になった時に困っている人達に「楽しい生き方」を共有できる人間になること。